TOJI × 酒蔵のストーリー Vol.04|酔鯨酒造―社長室長編

祖父の想いを受け継ぎ、平和な世の中の象徴としての「美味しいお酒」をつくる ― 大倉広邦氏

日本酒市場が縮小する中、劇的なV字回復を果たし、国内外で躍進を続ける高知県の酒蔵「酔鯨」。その変革を内側から牽引してきたのが、酔鯨酒造社長室長の大倉広邦さんです。

創業者を祖父に持つ大倉さん。しかし次男であったことから、当初から蔵の後継者として期待を一身に背負っていたわけではありません。大学卒業後はあえてキリンビールへ入社。過酷な営業の最前線に身を置き、経営者たちと対峙しながら「お客様を笑顔にする」ことに向き合う中で、独自の経営観を磨いてきました。

2013年、存続の危機にあった蔵へ戻った大倉さんが向き合ったのは、「必ず世界を取れる企業になる」という不退転の覚悟でした。

蔵の外で得た視座を武器に、業界の古い常識を打破。最新鋭の設備を備えた吟醸用「土佐蔵」の建設や、海外市場を見据えた「クジラ」ロゴへの刷新など、酔鯨という存在の強度を高めるための改革を次々と断行していきます。

本インタビューでは、インタビュアーのTOJI代表の田村が、大倉さんのこれまでの歩みや経営者としての思想、そして日本酒文化を牽引する企業へと進化を続ける酔鯨酒造の展望を伺いました。

Vol.03 酔鯨酒造―上田製造本部長編と呼応しながら、今回は経営の視点から、酔鯨の現在地を紐解いていきます。

 

 

田村:
本日はお忙しい中、ありがとうございます。今回素晴らしいコラボ商品ができあがったことを嬉しく思います。今日は大倉さんご自身のストーリーや、酔鯨酒造を牽引する大倉さんの哲学について深くお伺いしたいと思っています。まずは、大倉さんの「原点」について教えていただけますか?

大倉:
よろしくお願いします。わたしの原点は、祖父への憧れですね。祖父の兄は特攻隊で亡くなり、祖父自身もパイロットの生き残りとして帰ってきました。戦争中、特攻に行く隊員たちが飲んでいたのは、酔って明日を忘れるためだけのお酒、つまり質が低くてひどく不味いお酒だったそうです。だから祖父は「亡くなった戦友たちに捧げるための、本当に美味しいお酒を造りたい」と強く思っていて。「平和な世の中で食卓を囲んで、美味しいお酒を飲めるって実はすごく幸せなことだ」とよく言っていたんです。わたしも、そんな風に命を懸けられる仕事をしたいとずっと思っていました。

田村:
それが日本酒の道へ進むきっかけだったのですね。でも、最初は別の会社(キリンビール)に就職されていますよね?

大倉:
ええ。大学時代はお酒のアルバイトばかりしていて、就職活動では「人が幸せを感じる瞬間」に関わりたいと、百貨店とアルコール業界を受けました。実は当時は父親が物書き、母親が絵描きで、2人とも家業の酒蔵を捨てて家を出ていたので、実家はかなり貧しかったんです。だから、キリンビールという大企業で「安定して稼げる仕事がしたい」というのが本音でしたね(笑)。

 

 

凄腕の経営者たちに叩き込まれた、商売を動かす「三つの基本」

田村:
キリンビールでは12年間の内6年間を飲食店向けの営業をされていたとお聞きしました。

大倉:
当時のキリンでの営業活動は、とにかく過酷でした。毎日深夜12時までお客様と飲んで、翌朝早くに会社に行って提案書を作り、またすぐ営業に飛び回る。そんな生活を連日送っていました。敗戦処理のような仕事もありましたが、その厳しい環境のおかげで、20代の若さでありながら、全国に数十店舗あるような売上数十億円規模のチェーン店の社長さんたちと、直接深く関わる機会をたくさんいただけたんです。

田村:
売上数十億円規模の経営者の方々……!若い頃に受けるインパクトとしては、かなり大きいものがありますね。

大倉:
ええ。そこで一流の経営者たちから、「商売の基本」を徹底的に叩き込まれました。大きく分けて、三つの教えが今の私の中にあります。一つ目は「スピード」です。経営者というのは、とにかく対応の速さを求めている。今日の今日で返事が欲しい人たちばかりなんです。だから誰よりも速く動くことを意識しました。

二つ目は「誠実さ」です。「お前みたいな若造が嘘をついても、百戦錬磨の経営者には一瞬で見破られるぞ」と。だからこそ、絶対に嘘をつかず、誠実であれと言われました。

三つ目は「目標を口に出すこと」です。人間は弱い生き物だから、あえて目標を周囲に公言して、自分を追い込みなさいと。「成功してから『実は狙っていました』と言うのはかっこ悪い。最初に言え、言ってからやり切れ」と言われたんです。この時、徹底的にお客様に向き合い、「どうすればキリンビールを愛してもらえるか」を考え抜いた営業活動が、私の経営の原点になりました。

 

 

どん底からのV字回復:酔鯨への帰還と覚悟

田村:
キリンビールで順調にキャリアを積まれていた中で、なぜご実家の「酔鯨」へ戻る決断をされたのでしょうか?

大倉:
当時の酔鯨は売上が右肩下がりで、酒屋の棚からもどんどん消えていく状態でした。大学時代に蔵でアルバイトをした時に可愛がってくれた従業員たちが「どうしていいか分からない」と苦しんでいるのを見て、すごく悔しくて。それでも迷っていた時に、一番信頼していた取引先の社長から「お前が抜けてもキリンはビクともしない。でも、創業者の孫にあたるお前が酔鯨をやらなくてどうする」と背中を押されたんです。その言葉で、死ぬほど一生懸命やれば必ず復活できると信じて戻る決意をしました。

田村:
実際に戻られてみて、いかがでしたか?

大倉:
もう、最初の1年は「キリンをやめなければよかった」と本気で思いましたよ(笑)。給料はキリン時代の半分以下。出張は深夜バスで全国を回って、1ヶ月間ずっとカプセルホテル泊まり。おまけに社内は士気が低くて、書類を間違えてもヘラヘラ笑っているような状態でした。

でも、「絶対に四国一になる、世界を取れる企業になる」と言い続けて、キリン時代の先輩やバイト先の酒屋さんなど、あらゆるネットワークを使って営業に走り回りました。人事も総務も広報も全部一人でやって、夜中12時まで働いて朝6時に出社するような生活を365日休みなしで続けましたね。そうやって泥臭く結果を出していくうちに、だんだん社員もついてきてくれて、約4億5000万円だった売上を今では15億円規模まで伸ばすことができたんです。

 

 

業界の常識を覆す発想と、支えてくれた業界仲間との絆

田村:
凄まじい熱量ですね。そこからの復活劇の中では、新しく冷房蔵も建てられていますよね。拝見した時、素晴らしい設備に驚きました。

大倉:
はい。キリンという大企業を経験したわたしからすると、当時の日本酒業界の常識には違和感しかなかったんです。「虫や空気が入るような環境でも、小さい蔵だから許される」なんておかしいじゃないですか。従業員が安心安全に働き、四季を問わずいつでも最高の品質でお酒を造れるように、クリーンルームを備えた最新鋭の設備を備えた蔵をどうしても作りたかった。金融機関や身内からは猛反対されましたけど、「命がけで売上を伸ばします。わたしを担保に入れてください」と言い切って説得しました。

田村:
大倉さんにとって、経営において一番大切にしている価値観は何ですか?

大倉:
「恩返し」ですね。実は業績が絶好調だった時期に、自らの不祥事の責任をとり、社長を辞任したことがありました。その時、業界の著名な経営者の方や全国の仲間たちが「あいつは俺が守るから、絶対に酔鯨の売上を下げないでくれ」と裏で奔走してくれて、会社を救ってくれたんです。わたしはこの業界の卸業者さんや酒屋さんに助けてもらって今がある。だから、酒蔵である自分たちだけが儲かるような直販体制は取らず、ちゃんと品質管理をしてくれる酒屋さんを増やして、一緒に業界を盛り上げていく形にこだわっています。

田村:
海外展開にも力を入れられていますが、そこにはどんな思いがあるのでしょうか。

大倉:
酔鯨は、「世界の食卓に酔鯨を!」というビジョンを掲げています。和食がこれだけ世界で受け入れられているのだから、日本酒の美味しさも絶対に分かってもらえるはずだと信じて、国内を立て直した後に単身でアメリカへ渡りました。片言の英語で、治安の悪いニューヨークのハーレムにある飲食店にも一人で飛び込んでいって。ある寿司屋の大将に「お前、危険だぞ」って言われましたけど(笑)、その熱意を買ってくれて、現地の和食業界の有力者へ繋いでくれたんです。

それと、外国人の方は漢字が読めないという課題に気づいて、キャッチーな「クジラ(テールマーク)」のロゴも作りました。最初は「伝統ある漢字を無くすのか」と社内で大反発を受けましたが、「必ず売ってみせるから!」と強行突破しました。結果的にそれがブランド価値を高め、当時500万円満たなかった海外売上が、今では2億5000万円規模の売上になっています。

 

 

「一緒にやりたい」TOJIと酔鯨で初のコラボ 酒粕の可能性を新たな価値へ

田村:
素晴らしい行動力ですね。今回、TOJIとタッグを組んで「酒粕バスパウダー」のプロジェクトをご一緒させていただくことになりましたが、これについてはどう思われていますか?

大倉:
TOJIさんが酒粕に目を向けてくれたことが本当に嬉しかったんです。酒粕って、美容に良くて料理を美味しくするなど、暮らしの中でさまざまな可能性を秘めた“魔法”みたいなものなのです。日本酒を造る過程で生まれる酒粕には、まだまだ知られていない価値がたくさんあると思っています。これまで酒粕は食品として利用される一方で、多くの蔵で産業廃棄物として処分されるか、漬物用や豚の餌として安価に買い取られるだけで、その魅力や可能性を十分に伝えきれないまま、活用されていました。だからこそ、そこに新しい視点から価値を見出し、世界中の人々に届けていこうとするTOJIさんの姿勢に、ものすごく深く共感しました。

日本酒を造ることで生まれるものを、単なる「副産物」として終わらせるのではなく、現代のライフスタイルに合った新しい価値として提案していく。「これなら絶対に一緒にやりたい、酒粕を通じて日本文化の真の価値を世界に伝えられる」と確信しました。

田村:
販売や見せ方についても、大倉さんから非常に具体的で強力なアイデアをいただきましたね。

大倉:
ええ。TOJIさんのブランドづくりは素晴らしいですし、今回のコラボ商品は酒粕の魅力を新しい形で届けるために、品質や世界観を徹底的に追求した商品ですから、安価な品と横並びにして「少し値が張るね」という評価で終わらせてはならない。ターゲットは本物を知り、品質やブランドの背景に価値を感じてくださるお客様が集う、上質なチャネル。特に、酔鯨として揺るぎない実績と信頼を築き上げてきた場所に絞り込みたい。我々が全幅の信頼を寄せる特約店ネットワークを駆使し、TOJIさんの世界観と商品の魅力をしっかりと理解していただける販売先へ、最優先で戦略的な提案を仕掛けていく覚悟です。

田村:
品質に相応しい適正な対価で届けていく。その点についても、強く共鳴させていただきました。

大倉:
世界観を丁寧に伝え、納得して手に取っていただく。まずはテスト販売を通じて市場のリアルな熱量を感じながら、時間をかけてブランドを研ぎ澄ませていきたい。酒蔵から生まれる酒粕の可能性を、TOJIさんが新しい形で世界へ届けていく。その挑戦を、酔鯨としても一緒に育てていきたいと思っています。この酒粕パウダーという武器で、TOJIさんと共に世界を目指したいです。

 

 

酔鯨を大企業に。日本酒を日常に、そして世界へ届けるという覚悟

田村:
最後に、酔鯨としての今後の目標、未来像を教えてください。

大倉:
わたしは酔鯨を「大企業」にしたいんです。一部の小さな蔵でしか買えない限定品として神格化される売り方は好きじゃない。今、普通の若い子たちがどこでお酒を買うかって言ったら、やっぱりコンビニやスーパーですよね。そういう身近な場所で、手軽に高品質で本当に美味しい日本酒が買える環境を作りたいんです。コンビニのワインや缶ビール、ウイスキーってめちゃくちゃレベルが上がっていますよね。日常の中で気軽に選べるお酒の選択肢が、どんどん豊かになっている。それなのに、日本酒はまだまだ「難しそう」「選び方が分からない」というイメージを持たれている部分がある。これでは、若い人たちがどんどん日本酒から離れていってしまいます。だからこそ、酔鯨は製造量を増やし、企業体力をつけて、より多くの人に高品質で本当に美味しい日本酒を届けられる企業へと成長していかなければならないと思っています。

田村:
大企業を目指すというのは、製造規模の拡大だけではなく、組織としてのあり方も変えていくということでしょうか。

大倉:
はい、大企業になれば、福利厚生の充実はもちろん、コンプライアンスや社会的責任を徹底した“正義の経営”ができるようになります。社員が安心安全に、しっかりとした福利厚生や育休制度の中で働けるクリーンな環境を作ること。そして、社会に対して絶対に嘘をつかない「正義」を貫くこと。逆説的ですが、そのためにも、企業・組織としてのスケールが必要です。

かつてサントリーさんが日本のウイスキー文化を作ったように、酔鯨が日本の日本酒文化を牽引する存在になりたい。そして、お互いの国の文化を愛し合い、尊重し合えば、世界から戦争のような争いもなくなるはずです。祖父の代からの願いである「平和な食卓で笑顔で乾杯できる世界」を目指して、これからも走り続けます。

 

 

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