TOJI × 酒蔵のストーリー Vol.03|酔鯨酒造―製造編

酔鯨の味を守り、進化させる。33年、品質と向き合い続けた上田正人氏

日本酒市場が縮小する中、劇的なV字回復を果たし、国内外で躍進を続ける高知の酒蔵「酔鯨」。大胆な経営改革の裏でその根幹を支える品質を、33年にわたり現場で守り、進化させてきた人物がいます。酔鯨酒造 製造本部長の上田正人さんです。

バイオテクノロジーを学んでいた学生時代を経て、直感に導かれるように酒造りの世界へ。酵母開発に始まり、ブレンド、営業、さらには会社がピンチの時には代表取締役を務めるなど、あらゆる役割を担いながら組織と酔鯨の味を築き上げてきました。

上田さんが常に向き合ってきたのは、お客様の口に入った瞬間の感動という一点です。高知の気候と軟水を活かした、計算し尽くされた食中酒の設計。そして今、次世代へ向けて掲げる「品質的な原点回帰」は、日本の伝統文化を世界へ正しく発信するための地盤固めでもあります。

本インタビューでは、TOJI代表 田村がインタビュアーを務め、上田さんに異色の歩みや酒造りの哲学、そして空間や時間をプロデュースする未来への展望を伺いました。Vol.04 大倉社長室長編で語られている「世界の食卓に酔鯨を!」というビジョンと呼応しながら、今回はモノづくりの最前線から、酔鯨の現在地を紐解いていきます。

 

 

直感で飛び込んだ酒作りの世界

田村:
本日はお忙しい中、ありがとうございます。今回はTOJIとのコラボレーションの背景だけでなく、在籍33年目を迎える 酔鯨の最古参であり、製造本部長を務められている上田さんご自身のストーリーや、酔鯨の酒造りの哲学についてお伺いしたいと思います。まずは、上田さんのこれまでの歩みから教えていただけますでしょうか。

上田:
よろしくお願いします。大した話じゃないんですけどね(笑)。私は生まれは大阪で、中学のときに親の事情で高知に来ました。高等専門学校で5年間ずっと化学をやってて、ちょうどバイオテクノロジーの走りの時代だったので、新潟の長岡技術科学大学に編入して、植物の細胞融合とか遺伝子の研究をしてたんです。でも大学院の1年の夏に、突然「もうしんどいな、ええかな」と思って。直感で動くタイプなんで、ポッとやめて高知に帰ってきちゃいました。

田村:
そこから、どうして酔鯨(当時の母体である旭食品)に入社されることになったんですか?

上田:
自分のバイオの知識を活かせるのは食品関係かなと思っていたら、創業者である大倉のおじいさんから面接に呼ばれたんです。新潟時代に日本酒の良さは知ってたし、微生物を扱うここなら自分のやれることがあると思って、直感で決めました。入社した平成5年当時は人数も今の3分の1ぐらいで、最初の1年半は県との共同研究で新規酵母の開発をやりましたね。



酵母開発から経営までを通して見えた、評価が数字になるビジネスの面白さ

田村:
最初の1年半は新規酵母の開発をされていたとのことですが、そこからどのようにして、現在のお立場に行き着いたのでしょうか?

上田:
酵母開発の後は、お酒の出口を知るために瓶詰めやラベル貼りといった製品部隊へ移りました。そこからはブレンダーとして、異なるタンクの清酒を掛け合わせて品質を一定に保つ役割を担ったんです。常に完成したお酒の味を利き続けてきたので、今のメンバーの中では酔鯨の味がどういう変遷を辿ってきたかという歴史を一番経験している立場になりましたね。

田村:
製造の全体像を、現場の最前線で掴んでいかれたわけですね。

上田:
ええ。ただ、私は作って終わりではなく、原価計算などの裏方の話も進んで引き受けました。いくらで売ってどれくらい利益が出るのか、数字の組み立てまで全部やったんです。その後は「中身を知っている人間が喋る方が伝わるから」と大倉(現社長室長)から抜擢されて、2年ほど営業部門を統括した時期もありました。

田村:
営業まで!まさにすべての部署を網羅されていますね。そこから経営のポジションへはどう繋がっていったのでしょうか。

上田:
その後も激動でしたよ(笑)。長浜蔵(本社)と土佐蔵の2つの拠点に分かれた際、遠隔での運用がうまくいかず、私が土佐蔵の工場長に入ることになりました。当時は3人の役員体制で回していたんですが、米の調達を担当していた役員が勇退してしまい、大倉が外回りを担い、私が2つの工場を全て統括する体制になったんです。さらにその後、大倉が一度離れた時期には、他に誰もやる人がいないからと私が代表取締役を3年ほど引き継ぎました。

田村:
本当にさまざまな部署を経験されてきたんですね。今は製造本部長でいらっしゃいますね。

上田:
ええ、今は開発部門や蔵併設ストアも含めて、製造の全てを見ています。次世代の若い職人たちは育ってきていますが、まだ組織としての管理や牽制機能が甘い部分があるので、彼らが完全に独り立ちするまでは私が仮の杜氏として最終的なお酒の品質責任を負っています。

田村:
それだけさまざまな役割を担い、長年に渡って酔鯨を牽引してこられた原動力は何だったのでしょうか?

上田:
自分の作った酵母やブレンドしたお酒について、自分の評価と、お金を払ってくださるお客様の評価がピタッと合った瞬間があったんです。「あ、自分もこの組織で使える人間なんだ」って思えたのが大きかったですね。

いろんな部署を経験して、みんなの努力の結晶である液体(お酒)に対して、お客様が価値を見出してお金を払ってくれる。その結果が数字ですぐに見えるビジネスの面白さにどっぷり浸かっちゃいました。



酔鯨らしさは、しっかりとした酸。料理も酒もビジネスも美味しい、計算し尽くされた食中酒

田村:
酔鯨の酒造りの特徴、「酔鯨らしさ」というのはどこにあるとお考えですか?

上田:
高知は暑いので米が溶けやすく発酵が進みやすいから、基本はパッと切れる辛口がベースになります。その中で酔鯨らしさといえば「しっかりとした酸」ですね。酸で口の中をリセットして、また食事を味わう。その相乗効果で何杯でもいける「食中酒」です。逆に旨味でもあるアミノ酸は雑味や飽きの原因になるので極端におさえています。ビールって何杯でもいけるじゃないですか?最初は良くても後から味がくどくなるお酒じゃ困るんで、穏やかな香りの中で酸と少しの苦味を効かせて、高回転で飲めるようにビジネスとしても設計しています。

田村:
お酒も美味しく、食事も美味しく、そしてビジネスとしてもおいしい。考え抜かれていますね。仕込水に使用している高知の水も、この味をつくる酒造りに大きく影響しているのでしょうか?

上田:
高知の水は本当にどこを掘ってもいい水が出るぐらいピュアな軟水が多いです。ミネラルが多い硬水だと酵母が活発になって発酵が旺盛になるんですが、軟水は酵母を細かくコントロールしながら長期間発酵させることができるんです。15万種類以上の副産物を作る酵母のご機嫌を取りながら引っ張ることで、豊かな香りを引き出せる。だからごまかしが利かないし、水の言い訳ができないんです。



酒粕は「宝物」。TOJIとともに、その新たな価値をバスタイムへ

田村:
今回、TOJIとのコラボで酒粕のバスパウダー(入浴剤)を作らせていただきました。TOJIとしては、酒蔵が大切にしてきた素材や文化の価値を、お風呂という日常の時間を通じて届けたいと考えています。上田さんにとって酒粕はどのような存在ですか?

上田:
食べてもよし、塗ってもよしの「宝物」ですね。でも業界全体として、流通や取り扱いなどハンドリングが難しいという大きな壁がありました。

だから今回、TOJIさんがそれを入浴剤としてパウダー化してくれたことは本当に画期的です。これまで扱いにくかった酒粕を、お風呂という新しい体験につなげてくれた。酒蔵だけではなかなか生み出せなかった発想ですよね。この商品には、うちの土佐蔵で一番売れている「吟の夢」を使用した日本酒の酒粕を50%も配合しています。

酒粕のタンクにそのまま浸かっているぐらいのイメージなんですよ。酒粕そのものが持っている価値を、これまでとは違う形で多くの方に知ってもらえることにも意味があると思っています。だからこの価値をしっかり伝えて、当たり前の価値基準を引き上げていくことが私たちの責任だと思っています。



品質的な原点回帰で、感動を生み出し、日本の伝統文化を世界へ。

田村:
素晴らしいですね。最後に、上田さんが次世代に残していきたいこと、これからの未来について教えてください。

上田:
酔鯨はただお酒を売るだけでなく、空間や時間をプロデュースする「Enjoy SAKE Life」を目指しています。お酒を飲めない層も含めて、グッズやカフェ、そして今回のお風呂の時間、極論すれば布団に至るまで、お客様のいい時間を演出できる集団でありたいですね。

今、業界全体が厳しい状況にあるからこそ、これからの酒造りに必要なのは「品質的な原点回帰」だと思っています。これは昔ながらの常温のコップ酒に戻ろうという話ではなくて、日本酒ならではの「複発酵」という技術の大元に立ち返り、自分たちの本当の良さを再確認しようということです。己を知り、次へ跳ね上がるための盤石な地盤を固めるステップですね。私の年齢的にも、この確固たる地盤を次の世代へ引き継ぐのが責任だと思っています。

酔鯨もグローバル展開を進めていますが、海外へ行くからといって、ただ単に華やかなものだけを売ればいいわけではありません。日本のしっかりとした伝統文化そのものを文化ごと輸出していくことが大事なんです。その時に、自分たちの原点や地盤がしっかりしていなければ、海外の人たちにおかしな文化を伝えてしまうことになります。だからこそ品質の原点に回帰し、圧倒的な自信と責任を持って、日本の伝統文化を世界へ発信していきたいですね。



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